セカンドライフ(SL)でもリアルライフ(RL)でも求めているのは気分

椅子に座らなくても疲れないSLなのに人は椅子に座りたがる。
そのほうが落ち着くからだ。

何故か?
その方が「気分が」落ち着くから。

衣食住が足りなくてもセカンドライフでは生きていける。
なのに人は、SL内でも衣食住を求める。

何故なのか?
その方が気分がいいからだ。

現実世界・リアルライフ・RLもある見方をすれば仮想の世界だ。
金さえ出せば、衣食住を自分でゼロから創り上げる必要はない。

もうすでに誰かが創ってある衣食住をお金で買ってくればいいのはセカンドライフと一緒だ。

衣食住がお金だけで保障されている世界。この現実世界では。
嘘とポーズとダブルスタンダードによって、自分たちのルールを定めてそれが正しい絶対的だと主張してもなんら問題はない。

命に直接関係のないものはどうとでもなるのだ。
だってそれによって死ぬことはないのだから。

それによって死なないのであれば、どのようにルールを決めても構わない。
まさにそれこそ仮想現実の本質。嘘の世界。ゲームの世界。

衣食住を求める理由はそれが満たされないことによる不快感から逃れていい気分になるためだが、衣食住が足りても人が求めるのはいい気分ということになる。

RLでもSLでも、人が何かをする時、その根底にはいい気分がある。
それをするといい気分になると考えるからそれをするのであって、それをすると嫌な気分になることをわざわざする人はいない。

ただ、普通の人が嫌な気分になることをすると気分がいい人もいる。
なのでいい気分を求めると言っても千差万別であるのは明らかだ。

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